現代アートに真の“ 抽象画 ”は存在しない

 

知り合いに私が絵を描いていることを話すと、ほとんどの方からこう尋ねられます。

(1)「どんな絵を描いているの?」
(2)「何を描いているの?」
(3)「具象画?抽象画?」

確かに、どんな作品かわからない場合、このように聞きたくなりますね。

そして一見簡単に答えられそうですが、実はシンプルに回答するのは難しいのです。
なぜなら、描こうとしている「概念」が重要で、それを説明しなくてはならないから
です。

『ATLESS GALLERY』で作品を見てくださった方は
お気づきかと思いますが、私の作品はぱっと見、“人物画”です。

しかし、テーマが人物だから、人物を描いているわけではありません。
そのため、「“人物画”を描いています」とは単純に言えないわけです。

私の制作テーマは、『変化していく歴史への考察』です。
人物は絵画の一構成要素に過ぎず、人物を入れなくても作品を成立させるのは可能です。

現状は、人物をプラットホームとしてテーマにリーチしている、それだけなのです。
ではなぜ人物をプラットホームにしているのか…。までいくと話が長くなってきますね。

このように、文頭の質問にシンプルに答えるのは難しいのです。

特に(3)の「具象画?抽象画?」という質問には、私から逆に聞きたくなるくらいです。

それは、「抽象画」って何ですか?ってことです。

この「具象画?抽象画?」の質問に対し、「抽象画」と答えたとします。
するとさらにこう聞かれるでしょう。「どんな抽象画?」

すでに「抽象画」と答えることは「“具体的ではないもの”を描いています」
と答えたのと同じです。
その人に「どんな抽象画?」と“具体的な回答”を求めるのです。

おかしくないですか?

さらにおかしくなるケースがあります。
この「どんな抽象画?」という質問に、“具体的”に答えてしまうことです。
“具体的”に答えた時点で、もはや「抽象画」ではありません。

つまり、「抽象画」という言葉を用いて会話しているのですが、質問側も回答側も、
「抽象画」を具体的な「具象画」の一つと認識して会話しているわけです。

この質問側の「抽象画」にたいする認識は、
「ぱっと見では、何を描いているかわからない絵」のことです。
でもこれって、「ぱっと見は、わからなかったけど、説明を聞くと風景の絵とわかった」
場合はどうですか?
もはや「抽象画」ではなく具象画のひとつ、「風景画」ですよね。

また、「抽象画を描いています」と答えるアーティストは、
「ぼくは自分が何を描いているか、わからないんですよね〜、てへぺろ」
と答えているのと同じです。

「いやいや、ぼくは◯◯をテーマとして、◯◯を認識してもらうために、この抽象画を描いています」
と答えたなら、それはもうコンセプトが具体的な、「具象画」です。

つまり、現代アートにおいて、真の「抽象画」は存在しないのです。
アーティストが自分で何を描いているか、わからない。という状況がないからです。

「目をつぶって、適当になぐり描きした。だから、抽象画」
ありがちですが、これも “ 視覚を介さず、手描きした結果を提示する”
という具体的コンセプトが生じた「具象画」です。

以上のように、現代アートの絵画は、全て具象画です。

鑑賞者が
“ 何を描いているか、まだわかっていない絵 ” を、
「抽象画」と呼んでいるだけなのです。

 

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