「絵画はコミュニケーションツール」
という意見を聞くことがあります。
コミュニケーションツールとは、コトバンクによると
「意思や情報を伝達する道具」
とあります。
確かに絵画はアーティストの意思や情報を、鑑賞者に伝達する側面があります。
しかし、“ツール”という表現には違和感があります。
絵画は道具ではないからです。
これは、私の絵画に対する“えこひいき” で否定しているのではありません。
道具とは“目的に特化したもの” です。
絵画は、アーティストの“意思や情報を伝達する”のに特化したものではありません。
絵画が道具であるなら、絵画は意思や情報を“伝達” するのに特化していることになるからです。
絵画はそこまで“器用”ではありません。
絵画はアーティストの意思を超えて、自ら鑑賞者とコミュニケーションをします。
絵画が様々な要素で構成されているため、鑑賞者が絵画に対し問いかけ、
絵画が鑑賞者に対し問いかけるのです。
男女の化粧室を示すアイコンのような、双方の認識を一致させる要素で構成されていれば、
絵画と鑑賞者のコミュニケーションはありません。
つまり、アイコンのように間接的に双方(伝える人、伝えられる人)の認識を一致させるなら、
コミュニケーションツールとなります。
しかし絵画は、双方の認識を一致させるとは限らないため、
コミュニケーションツールとはならないのです。
簡単に、絵画、およびアートをコミュニケーションツールと呼ぶべきではありません。
絵画は人間同士の連絡手段ではないからです。
しいて言うなら、アートは人間が自身(人間)の可能性とコミュニケーションする“入り口”です。
ちなみに、“入り口”は“概念”であって“道具”ではありませんよ。