「運」は実力で掴むもの

 

「運も実力のうち」ということばがあります。

何らかの取り組みに対して、本人が意図したのではなく、偶然の要素が作用してうまくいった場合に使用される言葉です。
実力があるからこそ!運も引き寄せられる、ということでしょう。

しかし、「運」でうまくいくのは、毎回ではありません。
たまにうまくいくから、「運」と呼ぶのです。

ということは、例えば絵画の取り組みでいえば、
絵画で本人が意図せずたまたま素晴らしい作品が完成する。
これは、意図的でない時点で「運」とします。

そうすると、「運」には「再現性」がない、ということがわかります。

では、その「運」に気づくことができなかった場合は、「再現性」を得られないことになります。


つまり、真に「運」を獲得するには、“運に気づく実力” と、“運を再現する実力” が必要です。

いくら周りから見て、運の良い事象が起きていても、本人が気づいていなければ生かすことはできません。
制作工程上に、素晴らしい効果が出ても、それが素晴らしいとわかる力がなければアウト。
運が生かされることはありません。

制作工程上でなく、素晴らしい完成作品ができた時も、その作品を発表すべきと判断できなければアウト。

『万有引力』を発見したニュートンも、研究と思考を繰り返していたからこそ、“リンゴが落ちる” という巡り合わせを生かすことができました。

つまり、あらゆる種類の運は、けっこうその辺りに転がっている。
しかしその 「運」をしっかりと掴んで、生かすための実力が必要なので。


 



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