情報の信憑性は、多数決で決まらない

 

モノゴトの信憑性を考えるとき、多くの人が取る行動や言うことは、信用に値するでしょうか。

「みんなそう言っている」という根拠を提示して意見を述べる人もいるでしょう。
しかし、多くの人が判断したことが真実とは限りません。

なぜなら、情報には “表の情報” と “裏の情報” があるからです。

例えば、大きな地震があったとします。
この時、地震そのものは “誰もが(大半の人)” が体感する “表の情報” です。
しかし、地震に伴い「大きな津波がくるかもしれない」という情報は、目に見えない “裏の情報” です。

大きな地震に対しては、この「大きな津波がくるかもしれない」という “裏の情報” を持っていないと、 「誰に反対されても、迷わず高い場所に避難する」という行動を取ることが困難になります。
突然起こる震災に対しては、事前に多くの人が “表の情報” だけでなく “裏の情報” を持っていくべきです。


食に関しても、“表の情報” と“裏の情報” が存在します。

ファストフード店のポスターなどでは、「美味しそうなバーガーの写真」や「手軽に買える価格」などが目に見える “表の情報” として存在します。

多くの人は、この “表の情報” を判断のメインとして、ファストフード店を利用するわけです。
そして、こうしたファストフードを「食べ続けることが健康に問題を及ぼす」という “裏の情報” を持つ人が、ファストフードを控えて健康に注意するのです。


アートにおいても、“表の情報” と “裏の情報” が存在します。

アートイベントで一般審査を擁するコンペがあります。
例えば、180cmほどの箱型ブースに自分の作品を展示し、同じように展示参加した人たちの中から優秀者を選ぶといったものです。

一般審査とは、上記の優秀者を来場者の投票数により選ぶことです。
その場合、同時に審査員審査も行われることが大半です。

そして、来場者の審査結果と審査員の審査結果はたいてい異なります。
なぜ異なるか。

それは、持っている情報内容が、来場者と審査員では違うからです。
アートを広く深く見ている審査員。
アート作品にほどほど触れる人や、はじめてアートイベントでの作品を見る人が混じった来場者。

アートの世界でどのような作品に価値があるか考えて見る審査員と、あまりアートに触れてこず当日好きなな作品を何となく選ぶ来場者。

つまり、審査員は “裏の情報” を持ったうえで審査し、来場者はその場で目に見える “表の情報” で投票しているのです。

一般投票という “多数決” で評価することは、“目に見える表面での信憑性” を得ているだけなのです。


社会で真実を見極めていくには、その場の五感の判断や周囲の多数決だけは足りません。
自分自身で真実の情報を考え、調べてくことが重要なのです。