アート作品を徹底的に良くしていきたい場合、“作品の検証” が不可欠です。
検証により、次の作品に向け、“良い手” “悪い手” を検討できます。
その検討が、良い作品を生む確率を高めます。
たとえば、陸上部の短距離選手がいたとします。
選手としては当然、“タイムを上げる” ことが至上命題ですよね。
アーティストが “より良い作品を手がける” ことが至上命題なのと同じです。
タイムを上げるために選手がすることは何か。
それは、現状の自分の走り、そして過去の自分の走り、を “検証” することです。
“検証” するには、「過去の自分の走り」の “記録” が必要です。
“記憶” ではなく、“記録” です。
「過去の自分の走り」を撮った動画、フォームの写真、練習や試合のタイムの記録、コーチによる客観的な分析、他の選手との比較。
様々な “過去からの素材” を集めて、「過去の自分の走り」を検証します。
決して、選手本人の“感覚まかせ” ではないのです。
ではアーティストはどうでしょうか。
短距離の選手と同様に、「過去の自分の走り」を検証しているでしょうか。
実施しているアーティストはかなり少ないと思われます。
なぜなら、アートは “精神” や “感覚” を重んじる傾向があるからです。
もちろん、“精神” から湧き出る “感覚” が傑作の要因となることはあります。
しかしそれだけを頼りにしてしまうと、“感覚の記憶” に頼りきることになります。
人間の記憶力はすごいポテンシャルがあります。
しかし、記憶は曖昧さをともなうのも事実です。
さらに、アート作品の傑作は、“複合的な要素” が重なってできるものです。
感覚の記憶だけで、“複合的な要素” をすべて再現するのは、きわめて困難なのです。
作品制作をその場その場で楽しむことも、もちろん素晴らしいことです。
しかし、“次” を意識することは “未来” を意識することです。
“次” を意識するために、過去や現状を分析する。
その分析が、未来の制作への “わくわく” につながるのです。