町田久美さんの仕掛ける、忌々しき謎

 

現代アートには、作品を一瞬でも見ると、そのままずっと見続けてしまう作品があります。
まるで、視線が接着剤で画面にくっついたかのように。

ずっと見続けてしまうということは、作品に “魅力” があるということです。
そして魅力には、理由があります。

町田久美さんは、線をメインに描くアーティストです。

支持体は雲肌麻紙(くもはだまし)。
青墨、顔料や岩絵具を使用して、面相筆で線を描きます。

面相筆で描くのは、主にモチーフの輪郭線。

面相筆で線を描くといっても、筆の先端のような細い線ではなく、
幾度も線を重ね数センチの幅におよぶ太さの線です。

この線が、福助や赤ちゃんの形態を想起させる不思議なモチーフを形づくっています。

町田久美さんの作品には、冒頭述べました “魅力” があります。

その魅力は、

“1作品に、1つの謎がしかけられている”

ことです。

2006年の『成分』という作品。

この作品は、幼子を思わせる輪郭を持つ人物がモチーフです。
左手にスプーンを持ち、右手の手のひらに、先端を当てています。

しかし、ただ当たるだけでなく、“柔らかく突き刺さって”います。

血が出るわけでもなく、右手の手のひらは “スプーンを受け入れる” ように、突き刺さっているのです。
これが、『成分』という作品の持つ “謎” です。

突き刺すものがスプーンであること。
突き刺すのが目的なら、フォークやナイフを選択したはずです。

よく見ると、スプーンに液状のものが入っていることがわかります。
これが「血」なのかはわかりませんが、タイトルから察するに “成分” であることがわかります。

この赤ちゃんを思わせるフォルムを持つ人物が、 “自分の成分をすくい取っている”のです。

なぜすくい取っているのかわかりません。
また、なぜすくい取れているのかもわかりません。

この日常でありえない行為が、不安を呼び起こします。
“ただごとではない何かが起きている” と。

鑑賞者は、仕掛けられた “謎” に対し考え続けてしまいます。

そして色彩のない画面の中で力強く走るシンプルな線は、画面内の “謎” の部分を際立たせています。

力強い線により、鑑賞者はいっそう “謎” の世界に没入できるというわけです。
「この作品に余計な要素はありません。この “謎” だけをしっかり見つめてください」
と線が語りかけてくるのです。

また、町田久美さんの作品の “謎” を深める大きな要因として、

“自虐の排除” が挙げられます。

先ほど挙げた作品の『成分』。
スプーンを握った左手に渾身の力が入っていれば、この絵は「自虐」の意味を持ったでしょう。

しかし、右手の手のひらは、突き刺さることを受け入れています。
行為を受け入れた瞬間、「自虐」という要素が絵から排除され、鑑賞者は「自虐」という解釈を奪われてます。

本来の解釈の回路を奪われた鑑賞者は、仕掛けられた“謎” に誘導されるのです。

そして、“謎”の真実はわからなくても、謎が画面内に “複数でなく、1つ” であることはわかっています。
鑑賞者は、「謎が1つという安心感」 と「謎が解決しないという不安感」の狭間をループするのです。

 

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