そして、私たちは貝の中へ

 

絵画には、様々な方向性があります。
シンプルなものから、複雑なものまで。

一見、要素が少ないシンプルな絵画にもかかわらず、なぜかずっと見続けてしまう絵画があります。


ブライス•マーデンさんの作品『Cold Mountain』シリーズは、下地を塗った上に “筆の線を画面に万遍なく描いた” ものです。
すなわち、要素としては、“筆の線” だけというシンプルさです。

にもかかわらず、その絵画は鑑賞者を画面の中に引き込む力をもっています。

なぜ、ブライス・マーデンさんの作品は、シンプルな絵画にもかかわらず、鑑賞者を画面の中に引き込む力を持っているのでしょうか。


そもそも、この『Cold Mountain』シリーズは、貝の表面の模様がモチーフになっています。

貝の表面の模様は、よく見ると “色んな線” が集合しています。
しかもその線の集合を一つのチームとするなら、一つの貝の中に複数のチームが見えてきます。
その線のチームが繰り広げる層は、海の無限の波の中で形成されたことを想像させます。

話を作品にもどします。

視界を覆う大きなキャンバス。その視界を覆う “線の層”。
その “線の層” の正体は、貝の模様です。

ブライス•マーデンさんの “線の層” は、手描きの痕跡を残しながらも、等間隔に余白が残っています。
その余白には、一つ向こうの線の層が見えてきます。
そしてまた、向こうの線の向こうに、線の層が続いていくのです。

そう、貝の模様を模して “線の層” で構成された空間は、“海中” なのです。
私たちは画面の中に、海中の揺らめく世界を見ることができるのです。

そして、海中の揺らめく世界に魅入る私たちは、ブライス•マーデンさんの描く “貝の中” に、気づかない内に閉じ込められているのです。


 


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