前回のエントリーでは、食事の場に合いそうなアーティストの作品を、私の独断で検討してみました。
今回は、逆に “食事の場” に合わなそうなアーティストの作品は、どのようなものでしょう。
ただし、「“食事の場” 合わない」と名指しでアーティストを指定するのは、止めておきます。
作品全体を否定しているような、誤解を生んでしまいかねませんので。
では、“食事の場” に合わない作品の条件は何でしょうか。
裸体や性的行為、戦争や虐待…。
こうした性的な表現や、残酷な表現が合わないのは当然ですよね。
“モロ”に食事に合わないものは除外して考えます。
まず、人物画はどうでしょうか。
食事が “生き物を頂く” という要素を持っているため、生き物である人物画は違和感があります。
人間は “肉” をまとっている訳ですし。
また、描かれた顔がこちらを向いていれば、「食事を見られている」気持ちになってしまいそうで、落ち着きません。
次に、静物画はどうでしょうか。
こちらは特に問題がないようです。
しかし、“食事を引き立てる” わけではありません。
害はないけど、メリットもない、という意味では、“食事に合っていない” といえるでしょう。
次に、風景画です。
こちらも静物画と同様で、食事に合いもしなければ、引き立てるわけでもない。といったところです。
しかし、ウィリアム・ターナーのように想像力を掻き立てる描写は、食事を引き立ててくれそうです。
また、出される料理の “ゆかりの風景画” であれば、メニューや素材の起源に、想いを馳せることができそうです。
ここまで、人物画、静物画、風景画を検討してきました。
これらをまとめてみると、“食事の場” に合わない条件は、
・食事の素材などを意識させる、生き物がモチーフになっている絵画
・食事と関係ない “具体的モチーフ” が描かれている絵画
といったところでしょうか。
ディナーを愉しむ部屋に、絵画などのアート作品を設置する時は、食事の見た目や “味” への想像を膨らませるような、“抽象的な要素が多い作品” がオススメできそうです。