誰も教えてくれない、石膏デッサンで養われる本当の力

 

 
石膏デッサンは、なぜデッサンの訓練で取り入れられているのでしょうか。
そこには、主たる目的があるから取り入れられているのです。
 
形をとる、光をとらえる、筋肉や骨格など人体の構造をとらえる。
 
こうした目的などが、真面目で “表向きな学習目的” です。
 
確かに、上記の “表向きの学習目的” は石膏デッサンではある程度、達成することができます。
けれど、上記の目的を達成するだけなら、他のモチーフでも問題ありません。
静物画で形や光はとらえられますし、人物画や自画像で筋肉や骨格も学べます。
 
 
では、石膏デッサンならではの “学習効果” を何でしょうか。
それこそが、石膏デッサンで学べる、本当の学習効果なのです。
 
 
それは、主に以下の三つです。
 
 
(1)それなりに完成させる力
 
(2)根性
 
(3)“絵画は理不尽さを含む” ということの理解
 
 
以上です。
 
上記を習得できることが、石膏デッサンの最大の学習効果なのです。
 
 
 
まずはじめは、
(1)それなりに完成させる力” 
です。
 
石膏デッサンは、人間の彫刻を描くことがほとんどです。
人間を描くということは、“人間の印象” を描くことでもあります。
 
すなわち、印象に左右する、顔や身体の特徴となる形態を “ある程度” 描けないといけません。
なぜなら、人は、体調が悪そうな人を表情や姿勢などの印象の変化から読み取ります。
 
同様に石膏像の形態の印象も、少し違うとすぐにわかってしまいます。
印象が同じところまで “ある程度” 描けるようにしなくてはいけないのです。
 
そし、人が見て「おかしい」と思われない仕上げを学習できるのです。
 
 
次に
“(2)根性” です。
 
上記の “それなりに完成させる” を達成するのは、大変です。
なぜなら、形態を描写する力、すなわち “形をとる” 能力が必要です。
 
形をとるためにはコツがあります。
それを指導者がしっかり教えてくれれば解決です。
しかし多くの場合、手取り足取り教えてもらえません。
 
そう、自分で工夫し習得するしかないのです。
苦労しながら、工夫し枚数を重ねて行くことで、(1)の “完成させる力” を磨くとともに、“根性” が身につけられます。
 
アート作品をずっと制作し続けること。
良い作品を仕上げること。
これらを達成していくために、“根性” という要素は多いに支えとなります。
 
 
最後は
(3)“絵画は理不尽さを含む” ということの理解
です。
 
石膏デッサンを経験したことのある人で次のようなことを感じた人はいませんか。
 
「なぜ石膏像は “白い” のに、みんな “黒く” 描くんだろう?」
 
そうです。石膏デッサンは、上手な作品も下手な作品も、 “黒く” 描かれたものが非常に多いのです。
 
なぜか。
それは、“石膏像の形態がしっかり描かれること” が美術機関では第一優先となるからです。
 
「白く美しい石膏像」を描こうとすると、白さを強調する背景が必要になります。
また背景が白のまま「白く美しい石膏像」を描こうとすると、ハイトーンで仕上げる必要が生じるため、影が明るくなって立体感を弱めるリスクが生じます。
 
「黒く形態の強さがある石膏像」と「白く美しい石膏像」、どちらが良いか。
その答えは個人に委ねられます。
 
しかし、石膏デッサンの評価の場はたいてい、「黒く形態の強さがある石膏像」が評価されます。
専攻により異なる場合もあります。
 
美しいほうより、形態の強さの方が評価される。
理不尽ですね。
私もそう思います。
 
しかし、描かれる作品とそれが属する場所で “評価がかわる”
その理不尽が現実で、受け容れるしかないのです。
 
石膏デッサンの評価だけが偏りが生じるわけではありません。
絵画のみならず、すべてのアートは、“場所により評価が異なる” のです。
 
その理不尽さを、石膏デッサンを通じて学ぶことができるのです。
 
 
 
以上が、石膏デッサンの真の学習効果です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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