“思い出すこと” の価値

 

インターネットのあるサイトで、“何にお金を使うべきか” 書いてある記事を最近目にしました。

何にお金を使うべきか。

非常に悩ましい問題ですね。


そのサイトに書かれていたのは、「長い時間使用するモノに、お金を使うべき」
という趣旨でした。

つまり、布団や仕事の椅子など、 “1日に使用する時間が長い”モノ” に対しお金をかけ、“快適に時間を過ごせるもの” を買うべき、ということです。

長い時間使うのだから、できるだけ快適なモノを使用し、長い時間快適に過ごしたほうが良いということですね。

理屈はごもっともです。

しかし。
長い時間、快適に過ごせるモノで、“快適さ以外のモノ” は何か得られるのでしょうか。

たとえば、快適なベッドを使い続けた人がいたとします。
その人はある日、何十年にも渡る “人生を振り返る日” がきたとします。

その時、「ああ〜、今まで “快適なベッド” 使ってて幸せだったぁ」と思うでしょうか。

思い出すのは、「誰かとの思い出」が多いのではないでしょうか。

そして次に、綺麗な景色を見たとか、感動的な音楽を聴いたとか、とんでもないハプニングに遭った、などの「印象的な経験」などではないでしょうか。

一見、“快適さ” というのは、印象に残りそうです。
しかし、“快適さ” は身体と心に馴染んでしまいます。
身体と心にに馴染みすぎて、「印象的な経験」として残りにくいのです。

つまり、 “快適なモノ” というのは、思い出しにくいのです。

ということは、“何度も思い出せるモノ” というのは、非常に価値があると考えられます。

なぜなら、どんな時も(腹痛など緊急時は除く)、どんな場所でも、“何かを思い出すこと” はできるからです。

そして、何を思い出すかも、その時々で自由です。
思い出せる “何か” が多いほど、人生は充実していたと思えるのではないでしょうか。

つまり、馴染んで消えていく “快適さ” よりも、“何度も思い出せるモノ” に対しては、お金をかける価値がある。
ということです。

そしてその、“思い出せるモノ” には、アートも含まれますよね。


 




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